始まりは朝(初日)

「真由美、早く起きなさい」
そう言う母さんの声で目が覚めた。と言っても完全に覚醒するわけじゃなく、ぼんやりと夢が終わったことが分かったのだ。
「今行くぅ」
私は気の抜けた返事を返してベッドから這い出る、ベッドの甘い声がまだ私を呼んでいるが、私はしつこい男は嫌いなのだ。
パジャマのまま一階へ降りる。テーブルの上には私の朝食しか残っておらず、裕太は既に制服を着て星占いを見ている。
「早く食べないと片付けるよ」
母さんが弁当を作る為キッチンをすばやく動きながらそう言う。おそらく反復横とび世界記録を出せるだろう。
私は文句を言わずテーブルに着く。ジャムの塗られたトーストを食べながら星占いを裕太の肩越しに見る、どうやらかに座は新しいことが起こるらしい、席替えでも起こればいいのだが。
そんなことを考えながら朝食を食べ終える、しっかり牛乳も飲んだ。飲んだからって大きくなるわけじゃないが、大きくなった人は殆ど飲んでいるので、私もまだ諦めていない。
「ごちそーさまぁ」
力の無い挨拶を済ませ、洗面台へと向かう。
うちの洗面台は狭いので、今日のように父さんが髭でも剃ろうものなら通勤ラッシュ並みの渋滞なのだ。
「あ、真由美か、おはよう、もうすぐ終わるからな」
父さんは髭を剃りながら鏡越しにそう言う、私は仕方なく先に着替える為に二階へ上がる。
私は朝の支度はとても早い、自慢してもお釣り来るくらい早い、その為家族内で起きるのが一番遅いのだ。その中でもっとも得意とするのが、早食い、早着替えなのだ。これは世界をも狙える実力がある、しかしまだオリンピック競技でない為、スポーツ推薦などでは使えない。これがプロの悲しいところだ。
とか考えている間に着替えが終わる。忘れ物を確認、携帯、財布、友達に借りたCD、あと塾の教科書、完璧。
一階へ降りるとちょうど父さんが髭を剃り終えた所だった。
「お、真由美、洗面所開いたぞ」
父さんはそう言ってネクタイを締める、私は顔を洗う為、まだリボンをしていない。
「真由美、裕太、お弁当出来たわよ」
母さんはそう言ってテーブルに包みを二つ置く、裕太の弁当は中学時代からすくすくと成長し、今では人の顔ほどのサイズになっている。しかし私の弁当は、誰に似たのか中学時代から一切成長する兆しが見えず、遂に高校3年になってもサイズは変わらなかった。
「ほんとに誰に似たんだろう」
そう独り言を呟きながら洗面台に向かう。私はピンクと赤の中間色の歯ブラシを取って、歯磨き粉を乗せる。私はこの歯磨き粉の味が好きじゃない、しかし他の家族が好きな為、民主主義的にこの歯磨き粉は今でも使われている。民主主義には少数派の意見も取り入れるはずなのに、それは我が家の財務省に却下された。
なんて意味の無いことを考えながら歯を磨き始める、その時ふと違和感に気づいた。
歯磨き粉の味?違う、歯ブラシの硬さ?違う洗面台に違うものは?置いていない、私はしばらく違和感の正体を探しながら歯を磨いていたが、その違和感の正体にやっと気づいた。
それは私の顔が現役女子高生ではなく、明らかに30代後半のサラリーマン風の顔になっていたことだった。
それに気づき、二度瞬きをして、歯ブラシを落として、悲鳴を上げた。

     続きも朝(一時限目)

「なーんてことが朝あったのよ」
話し終えると、恵美も佐久馬も大爆笑していた。その爆笑たるや天にも届く勢いだった。
「あはははは、笑えるー、よく朝からそんなこと思いつくわねぇ」
恵美がおなかを抱えながら言う。笑いすぎてロングヘアーが前に落ちてきている。
「真由美っていつからそんな電波キャラになったんだ?」
隣で机を殴るほど笑っている佐久馬もそう言う。まぁ、気持ちが分からんでもないけど。
「じゃああんた達も私の話が嘘だって言うのね、信じてくれないんだ」
私はその中で一人笑わずに頬を膨らます。この体制に入った私の機嫌は、どんなに力を加えても直ることは無い。
「だって、真由美の顔、お母さん達はいつもと変わらないって言ってたんでしょ?ちょっとクマでてるけど」
「でも私には違って見えたんだって」
私は無意識に口調が強くなる。それでも二人の笑い声は止まらない。
「じゃあ今の真由美の顔は誰なんだよ。知っている奴か?」
「今朝ニュースに出てた。高速での玉突き事故で死んだ人、今日の朝2時頃に死んだっていってた。名前は斉藤和仁だったかな?」
私がこう言うと二人はまた大爆笑した。それはもう大地を揺るがす勢いだった。
「そこまでわかっているならもう解決だな。昨日の晩か今日の朝、ニュースかなんかでその人を見たんだろ、そして眠いから眠気眼で鏡を見るとその人が写った。解決ジャン」
佐久馬がそう締めると、また大爆笑した。もう私の機嫌は超能力者のスプーンくらい曲がってしまった。
「もう!私の話を信じてくれないんだ!もういい!絶交だ!」
私は腕を組んで頬を膨らませ、絶交の構えに入った。この構えを崩せるのはレアルマドリードくらいだ。
「まぁまぁ、チョコでもあげるから機嫌直してよ。ほら、ベッカムがCMしてたやつ」
そう言って恵美がチョコのお菓子を机の上に出す。中にアーモンドが入った中々おいしいお菓子だ。
「そのCMかなり古いぞ」
横から佐久馬が突っ込みを入れながらチョコを一つ取る。私は腕を伸ばしかけたが、その腕を全力で引き戻す。
「駄目よ、そんなのには屈しないわ。11人そろってこそサッカーなのよ」
私は必死の抵抗を続ける、その間に佐久馬は二個目を食べ始めた。
「ふぅん、じゃあこれもいらないのね。ぷっちょの新しい奴、何かしゅわしゅわのぷるぷるよ」
恵美は鞄からぷっちょを取り出す。それはもう二つしか残っていなかった。
「一個いただき!」
佐久馬が疾風のごとくぷっちょをさらっていく。残りはあとひとつ。
「真由美いらないんでしょ、じゃあいただきま」
「食べます!どうか!恵美様!それをこの卑しい下人に分け与えくださいませ!」
私の鉄壁の構えも、アンガールズの高さを生かしたプレーには勝てなかった。私のガードはがら空きになり、羅生門と呼ばれた腕は既にぷっちょを貰う為だけのものとなっていた。
「よろしい、汝悔い改めよ」
恵美は満面に、勝ち誇った笑みを浮かべ、私の手のひらにぷっちょを置いた。私はそれを神のお恵みよろしくで食べた。しゅわしゅわのぷるぷるだった。
「あ、もうすぐ授業始まる。じゃあ真由美、その話あとでまた聞かせてね」
恵美はそう言って席に戻った。佐久馬も三つ目のチョコを食べながら戻る。私の手元にはチョコ二つが残った。
「・・・・はぁ、やっぱ信じないよね」
私は自然にため息を漏らす。同時に幸せが一つ逃げて行ったが、私は去るものは追わずなので、そのままにがしてやった。
鞄から授業道具と、鏡を取り出す。
教科書を机の上において、鏡を机の真ん中においた。
「現在進行形なんだけどなぁ」
鏡の中には、今朝テレビに出ていたオッサンが首から下はセーラー服でこっちを睨んでいた。

    明日への夜(一日目終了)

結局今日はずっとそのオッサンの顔だった。そんなことを考える。なぜ私にだけ見えるのだろうか、もしや私に特殊な眼力でも備わったのか?それとも遂に私の視力が落ちるところまで落ちたのか。
「そんなはずないよねー」
などと呟きながらゲームを続ける。時刻は既に11時30分、母さんが風呂に入れというまでのロスタイム、私はまだゴールを狙っている。
「お風呂はいりなさーい」
・・・以外にロスタイムは短かったようだ。私は諦めてゲームをしまう。正確には部屋の隅に追いやるだが、しまうであっていると私は信じている。
テレビに近づき電源落とす。リモコンは既に1週間家出中だった。電源の落ちたテレビに知らないおっさんの顔が映りこむ。
「誰だよあんた」
私がそう口を動かすとオッサンも動かした。
下着を持って階段を下りる。途中裕太とすれ違った。裕太はすれ違いざまに思いっきり睨んできたが、PS2のレンタルを既に5日オーバーしている私にはそれを返す権利は無かった。
私は手早く風呂に入る。しかし湯船にはしっかり浸かる。私は風呂がとても好きだ。どのくらいかというと、ついつい2時間ほど寝てしまうくらい好きだ。なので、湯船の中では眠気と安心感が私の体を包んでいる。
その所為で今日も10分ほど寝てしまった。首が落ちて水が鼻に入ってから目が覚めた、畜生。
湯船から出た私は行動が早い。髪を洗って体を洗ってはい終わりって説明も要らないくらい早い、たとえるなら曙の諦めくらい早い。
風呂場から出て洗面所で体を拭く。体を拭くときってなぜかテンションが上がる。その謎を解明しようと恵美と佐久馬に話すと、どうやらこの現象は彼らには起こらないようだった。彼らは一般人とは違うらしい。
でも今日はそんなテンションの高揚と関係なく何か変な感じがした。
なんだろうと思ってあたりを見渡す。
特に変わったものはない、ってあれ、それ今日の朝も言ったような。
私はハッとして鏡を見る、そこにはもちろん私の体の上に知らない人の顔があった。
ただ、問題はその人が、さっきのオッサンとは違う人だということだ。
私は一瞬叫びそうになり、耐え切って、壁に八つ当たりして蹴る。
足が痛かった。

     ズレ逝く夜(二日目)

寝過ごした。それはもう完璧に。
そして現在、進行形で走っている。走れば電車に間に合う・・はずだから。
昨日の晩、新しく鏡に映った顔のことで、ずっと考えていた。その男はまだ若く、凛々しい顔立ちをしていた。左目の下に特徴的なホクロがあり、細長い顔に良くあっている。
「問題は私の知らない顔ってことかぁ」
私の顔は今まったく知らない人のものになっている。その為、この顔の人物が誰なのかまったくわからず、そのことを考えれば一睡もしていなかった。
とか考えている間に駅に到着。さすが平日、いつ見ても満員御礼。すぐに電車が来て、私達を乗せていく。電車の中はサウナ状態、どんなスパイでも秘密をばらしてしまいそうな状況、私は諦めて窓を睨む。
窓の外は景色が常に流れている。色んな看板やマンションが目の前を素通りしていく。ボウリングの看板が前を通り過ぎる、てことはもうすぐトンネルだ。予想通りトンネルに入る、景色は真っ暗になり、逆に窓に車内が映りこむ。私と同じように窓を睨む人々、殆どがスーツだった。あぁ、見ているだけで暑苦
しい、クールビズしやがれってんだ。
ふと、そこに知っている顔を見つける。いや、名前はでてこないけど、なんだっけ、え〜と、もうすぐ思い出す。あ〜、ホクロが特徴的な、ほくろ?誰だっけ?
私は首を回し、そっちを振り返る。どう見ても今の私の顔がそこにあった。

    行動の始まり(二日目)

もう学校には間に合わないだろう、後悔はしているけど反省はしていない、うん。
私は電車を下りてあの男をつけている。尾行だ。かっくいい!
いつもの駅の二つ前でそいつは降りた。ちょうど都心のほうへ向かっている。オフィス街に行くのだろう。ていうかサラリーマンなのだから当然だ。
私の尾行は気づかれていない。男は私の顔と同じように、特徴的なホクロをつけている。実際目の前にしてみると、鏡越しよりもいい顔立ちをしている。ホクロはむしろそれを引き立てている。
私はちょっと躊躇って彼に近づいていく、ただいまの距離3M、近い。
彼が信号待ちで立ち止まった。私も彼の横に並ぶ、距離は1M、かなり近い。
信号はしばらく変わりそうもない。私は一瞬考えたが、勇気を出して声をかけた。
「あの・・・お時間よろしいですか?」
男は依然信号のほうを見ている。もう一度声をかけると、自分が話しかけられていることに気づき、私を見る。
「僕ですか?」
「えぇ、そうです。話だけでも聞いてくれませんか?」
男は明らかに動揺、周りを気にし始める。周りは明らかに私達を気にしている。
「・・・あー、勧誘かなんかですか?」
「違います」
高校生が勧誘するのかよ。
「その制服、学校はどうしたんですか?」
「あ、えーと、早退かな」
なかなか鋭い。てか早退って・・・。
「まだ九時前ですよ。今からでも遅くない、早く行きなさい」
ぐっ、良心に響く。
「学校サボったら両親が泣きますよ。早く行きなさい」
ぐはっ、両親に響く、座布団一枚。
「私も会社に行きますんで、あなたも学校に行くんですよ。じゃあ」
そう言って彼は去っていく。タイミングよく信号も青になる。彼は他の人より一歩早く踏み出すかたちになる。
そうだよな、学校をサボっちゃいけないね。私も振り向いて駅に向かう。うん、学校に行こう、ってまて私。そんなこと言っている場合か!
「ちょっと待ってくだ」
その後は言葉にならなかった。振り向いた私の顔面にパンチが飛んできたからだ。
思いっきり後ろに倒れる。後ろの人にぶつかった、誰だよ殴った奴!出て来い!
「ったー。誰だよなぐ」
その後も言葉にならなかった。目の前に腕が転がっていたからだ。腕だけが。
私は悲鳴を上げて後ずさる。後ろの人にぶつかった。
顔を上げるとその人は私なんか見ずに前を見ている。
私も前を見る。
そこには私のように後ずさる人々と、悲鳴と、さっきの人が、分解図のように、展開図のように広がっていた。

学校は休んだ。いけるわけが無い。
私は今、自分の部屋のベッドの上でひざ抱えてうつろな目で壁を見つめている。
数時間前は道路の上で悲鳴上げてガクガクブルブル震えていて、警察が来て、救急車が来て、あの人が、信号無視した車に引かれたと知って、周りの人が私と話しているのを見ていて、警察に連行されて、事情聴取で昨日からのことを話したら電波扱いされて、事件に関係ないって事をなんとか分かってもらえたらしくて、母さんに迎えに来てもらって、学校は休んで、現在12時10分前、ひざを抱えてうつろな目で壁を見ています。
「誰に言ってんだよ」
とか言ってみたり、それこそ誰に言ってんだよ。
やることも無いのでひざを伸ばして立ってみた、スカートに完全に皺ついてた、畜生。
着替えて自分の部屋を出る、母さんと父さんは共働きなので今家は私一人、仕方なくテレビをつけてみる。
いいともが始まるところだった。タモリさんが出てくる。お昼に暇している人には神様的存在だ、今現在暇している私にも例外なく。
タモリさんのスーツは紺色だった。あの人と同じだった。
あの人、誰だっけ、あぁ、今私の顔の人か。
確か今日朝に偶然会って、あとをつけて、車に。
「う・・・・やば・・・」
私はトイレに駆け込む。
便器に顔を近づけて思いっきり吐いた。
警察署でも吐いたから今日で2度目、最悪だ。
嘔吐物はほとんどなくて、代わりに胃液が出てくる。鼻が痛くなる。口からヨダレのように糸を引く。
「気持ちわる・・」
ティッシュで鼻と口を拭く。この動作も二回目だ。
トイレを流して居間へと戻る。途中キッチンで水を飲む。その時口の中が切れているのがわかった。おそらくあれが飛んできた時だろう。
手で触ると左頬が腫れているっぽかった。
洗面台に行って確認する。鏡にはあの人しか映らなかった。私はそのまま3度目のトイレに直行した。

     ずレた世界(三日目)

翌日は学校を休むことにした・・・はずだったが、学校に出た。
私は学校を休みたかったのだが鏡をみたら、そんな気持ちは夏の夜空に飛んでいってしまった。
昨夜4時過ぎに目が覚めて、偶然に顔を見てしまったからだ。
別に見たかったわけじゃないが、部屋にあるパソコンのモニタに、顔が映りこんだ為、仕方なく目に入ったのだ。
私はその顔を何度も確認し、洗面台まで行って確認もした。
その顔は明らかに佐久馬雄一で、私の同級生のクラスメイトの、友達の、フレンドだった。
言葉が重複するくらい驚いた。
そしてそのまま寝ずに考えた、私の顔に出てくる人の共通点を。
残念ながら、男って事と死ぬってことくらいだった。
朝になり、家族が起きてきて私を心配してくれた。昨日あんなことがあったから、学校は休んでもいいということだった。
私は平気な顔をつくり、大丈夫だと、言った。
朝は裕太よりも早く出た。
今日のかに座は時間にルーズになってしまうらしい、何事も早めに行動に移すといいようだ。
駅に着くといつもの数倍の量の人が居た。おいおいまだラッシュの時間じゃねえぞ、なにやってんだよ。
見ると人身事故があったらしい、その為上り電車はかなり遅れているようだ。
え、人身事故?
私はあわてて携帯を取り出す。すばやく操作して佐久馬の番号を探す。
電波を発信、コールがなる。1回、2回、3回、・・・。
15コールで一度切る。大丈夫、多分朝練で電話に出られないのだ。佐久馬は剣道部に所属しており、朝早くから練習している。
気づけは私はじわりと汗をかいていた。その汗が夏の暑さから来るものではないことはわかっていた。
電車が来る、中は人を殺さんばかりにぎゅうぎゅうで、それに更に人が乗ろうとしている。いつもなら次の電車に期待するが、今日はそういうわけにもいかなかった。

間に合うようで間に合わない(三日目)

駅に着いたときには既に汗だくだった。満員電車なんか二度と乗るか!
駅からバスで学校まで行く。信号待ちがわずらわしい。10分かけて学校に到着。急いで教室に直行する。
この時間ならもう練習を終え、佐久馬も教室に帰ってくる時間帯だろう。
体育館の前に人だかりがある。野次馬精神をくすぐるが、今はそんな暇は無い。
教室までの階段を駆け上がる。廊下を全力疾走する。教室の前で滑りそうになるが、耐える。
教室のドアを開ける。勢いよく開けたため、皆が注目、しかし佐久馬はいない。
私は深呼吸をして、席に着く。落ち着け、自分、もうすぐ来るはずだ。
椅子の上で姿勢を正し、深呼吸をする。気分が落ち着いてくる、周りの声も聞こえてくる。
「なぁ、体育館のあれみた?何かあったのかな?」
クラスメイトが話しているのが聞こえる。そういえば剣道部の練習場所は体育館二階だったっけ。
「あぁ、やばかったよな、血の跡がぼたぼたって、中はもっとやばいらしいぜ」
え?ち?なにそれ?
「なんでも一年の奴が切れて竹刀振り回したんだろ?あいつ切れると怖そうだもんな」
何か胸騒ぎ、え、どういうこと?
「あぁ、それが当たるとか、やばいよな、それにあの血の量、絶対やばい、絶対やばいだろ」
机から動けない、怖い、そんな、考えたくない。だって、佐久馬は、絶対。
「あれ、真由美今日は早いね。それより体育館のところみた?」
突然呼ばれて後ろを振り向く、そこには恵美がいた。私は拍子に泣きそうになる。
「うわ、どうしたのその顔、腫れているじゃん。それにすごい隈、徹夜でもしたの?」
私は思わず泣いてしまう、ていうか涙が勝手に出てくる。
「うわ、ちょっと、どうしたの?真由美、落ち着いて」
恵美は慌てて私の涙を拭う。恵美の人をあやす能力は桁外れで、今その能力を私にだけ使ってくれている。
「佐久馬が、佐久馬がね」
私は泣きながら必死に訴える、もはやクラス中が私を見ているかもしれないが、涙で目が開けられない。
「佐久馬がどうしたの?何かされたの?」
恵美は私の頭をなでながらゆっくりと聞いてくれる。恵美は将来いいお嫁さんになるだろう。
「佐久馬が・・死んじゃったの」
それを言った瞬間恵美の動きが止まる。
「佐久馬ならそこにいるよ」
へ?私はちょっと混乱する。実際声が出たかもしれない。
目を開けると恵美が私の後ろの方を指差していた。私もそちらを振り返る。
するとそこには、朝のトレーニングを終え、教室に入ってくるなり、クラスメイト全員にもみくちゃにされながら、噂の惨劇を語っている佐久馬が居た。
私はすっかりぽかーんとした顔になり、冷静に考えて、ハンカチで顔を隠しながらトイレに向かった。幸いにも佐久馬がもみくちゃにされている為、私の泣き顔を見た人は恵美だけだった。

 来れるような来れないような(三日目)

恵美いわく、私の顔はかなりやばいらしい。
殴られたように腫れているし、目の下の隈もヤバイし、泣いたから目も腫れぼったく、さらに充血ときたもんだ。
そう言う事で、大事な話があるから佐久馬を屋上に呼んで欲しいと恵美に頼んでみた。
「そういうことは自分で言ったほうが、効果があるのよ」
私はそういうことじゃないと即答して、恵美も一緒に居て欲しいと伝えた。
恵美は頷いて、わかったから先に屋上に行っていろと言った。私はそれに従う。
私は一人屋上に向かった。10分ほどでHRが始まるが、そんなのサボってもいいと思った。
誰にも会わないように注意して、屋上に向かう。途中どう話すか考えて、はじめから話そうと決意した。

   届くようで届かない(三日目)

佐久馬の第一声は「その顔どうした」だった。
私の顔は相当ひどいらしいが、今はそんなこと気にしていられなかった。
私達はとりあえず屋上で立って話した。地面は汚くて座る気になれなかった。
私が一方的に話す形となったが、誰も茶々入れなかった。
話し終えて、恵美の第一声は「まじ?」で、佐久馬の第一声は「うそだろ?」だった。
「全部信じてとかは言わないけど、佐久馬は出来れば今日は早退して家に帰って欲しい。それで限界まで自分の身を守って欲しい」
恵美も佐久馬も私を見る目が変わっていた。
そりゃそうだ、私だって信じられない。
「真由美、あの、ちょっとゲームやるのやめたほうがいいかもよ」
「そ、そうだよ、目の下もヤバイし、お前も早退して家でゆっくり寝ろよ」
やっぱり信じてもらえなかった。まぁ、信じてくれると思ったわけじゃないけど。
「ほら、空がこんなに晴れているんだから、今日は三人で早退して何処か遊びに言ってもいいな」
佐久馬はそういいながらフェンスのほうに向かう、そちらのほうが空が良く見えるのだ。
「あ、それいいね、この前近くに新しい遊園地できたんだよ、そこ行こう」
恵美も佐久馬に同意する。確かに空は晴れ渡って、気持ち悪くなるくらい晴天だった。
「そうそう、弁当とか外で食うと一段と別の味がするよな」
佐久馬が振り向いて、フェンスにもたれる、金属のガシャンという音がなる。
「佐久馬、恵美、信じられないのは分かるけど、信じて欲しいの。お願い、私だって何がなんだか分からないんだから」
私は必死に訴える、佐久馬のほうを見ると、佐久馬は俯いたまま返事をしない。
「・・わかったよ、真由美はたまにへんなこと言うけど、何か今日はそういうのとは違うみたいだし。今日は俺早退するわ」
佐久馬は顔を上げて白い歯を見せる。佐久馬の笑顔はとても健康的に見える。
佐久馬が「よっ」と声を上げ、フェンスから離れる。はずだった。
フェンスがいつもの音でなく、一際大きい、グシャンという音を出した。
私と恵美が一斉に目を見開く。
佐久馬がもたれていたフェンスが鈍い音をたてて後ろに倒れていく。
佐久馬は間一髪バランスを取り戻すが、ガクン、と動きが止まる。
フェンスがゆっくりと後ろに下がるのに対し、佐久馬の体も倒れていく。
「服が引っかかっている!」
私は叫びながら佐久馬に駆け寄る。
佐久馬も必死に空を掻いて、勢いを殺そうとしている。
しかし無常にもフェンスは後ろに倒れる。既に四十五度くらいになっているが、下の根元の部分がまだ付いている為、落ちていない。
「佐久馬!」
私は必死に手を伸ばしながら走る。佐久馬も私をめがけて手を伸ばしている。
その時、また音が鳴った。金属のグシャンという鈍い音が。
根元の部分が折れた。そう気づいた時には既に遅かった。
根元が折れたフェンスは、真っ直ぐに落ちていく、佐久間も後ろに引っ張られて、仰向けに倒れる。
私は顔から佐久馬に突っ込もうと飛ぶ。
それは野球のヘッドスライディングのようなかたちになったが、佐久馬の手までは距離がある。しかし足なら何とかつかめそうだ。
私は懸命に手を伸ばす、あと少しで足に届く。
その時だった。
フェンスが完全に地面に向かって落ちる。
それはつまり、佐久馬も落ちるということだった。
私の手が届くというところで、佐久馬の足は向こうのほうへ引っ張られていく。
私の手は佐久馬の足のあったところに思いっきり体当たりする。
私の体の勢いも止められない為、顔面から着地する。でも気にならない、気にしていられない。
私はすぐに前を見る、ちょうど佐久馬の足が向こう側に消えていった。
数秒たって、聞き覚えの無い、何か音がした。
それはフェンスの落ちる音と、もう一つ何かが落ちる音、それが壊れる音だった。

     昨日の今日(四日目)

怖い。
家から出たくない。
部屋から出たくない。
目も開けたくない。
いやだ。もう嫌だ。イヤダ。
佐久馬が立っている。真っ直ぐに立っている。
佐久馬が落ちていく。真っ直ぐに。
途中から見えなくなる、そして音がする。
その音は何度も、何度でもする。
そして私は目を覚ます。
ベッドから起き上がらずに目だけを動かす。
部屋の状況は至ってシンプル、昨日から何も変わっていない、ただ私がぐしゃぐしゃにしただけだ。
目に付くものすべてを投げつけて、母さんが止めるまで何でも壊していた。
そして泣きつかれて眠ったのが昨日、もう怖くて部屋から出られない。
怖いのだ。人の死に触れた気がした。
実際触れたのだろう。あの時指先が当たったかもしれない。
右手を見れば、包帯が若干ほどけている。
右手はあの時地面にぶつかって馬鹿みたいに腫れていた。病院で包帯を巻かれた覚えがある。
昨日、警察は私を見てかなり疑っていた。しかし昨日の私はそんな警察が相手に出来ないくらいに錯乱していた。
泣いて、泣いて泣いて、叫んで、叫んで叫んで、そして暴れた。
多分落ち着いた頃にまた来るのだろう。しかしそんなことはどうでもいい。興味が無い。
恵美はどうだっただろう。あまり覚えていない。
佐久馬が落ちて、悲鳴を上げて、泣いていたと思う。
しかしそれもどうだっていい、だって私には関係が無い。
なぜなら私も死ぬから。

昨日警察にいき病院を出て家に帰ったときには、既に11時を過ぎていた。その時は病院で飲んだ安定剤が効いていて、私も暴れなかった。ただ部屋でぼーっとしていた。
そのうち時計が鳴った。12時だった。
テレビを見た、電源は入っていない真っ黒な画面。そこにぼんやりと私のシルエットが見えた。首から下も、上も、私のシルエットだった。
私は暴れた。母さんが止めなかったらしぬまで暴れただろう。
これは佐久馬の呪いなんだ。私が助けられなかったから私も死ぬんだ。
その時はそのまま気を失うように眠った。
そして今、目が覚めた。やるべきことは一つしかなかった。
私は鞄から文房具を出す。右手が上手く使えないので、筆箱を落としてしまった。
床に文房具が散らばる、その中から一つを拾い上げる。
部屋の中央に立ち、周りを見る。目に映るすべてのものが壊れていて、その中央に真っ黒なテレビがある。
私が映る。まぶたが泣き腫れていて、目は充血、顔に殴られたような跡がある。なるほどこれはひどい。
そんなパジャマ姿の私が、左手にカッターを持っていた。
母さんは昨日あんなに私のことを助けてくれたのに、父さんは心配してくれていた。裕太のプレステ壊しちゃったな。
「ごめんなさい・・・・」
私はそう呟いて、右手首にカッターを食い込ませた。