父は幼い頃苦労の絶えない生活をしていたらしい。その為子供の頃の俺にはとても優しかった。
母はいつも父に怯え、そんな母を父は殴った。俺はそれをただ見ていた。そんな俺を母は好いてくれた。
俺が何かしでかすと、父は俺を叱らずに母を殴った。母は涙と血を流しながらそれに耐えた。
案の定俺が小学二年の時に母は首を吊った。
意外にも葬式で泣いたのは父で、俺は涙を一滴も流せなかった。
それから父は酒を飲むようになった。それでも俺には手を出さず。酒を浴びているだけだった。
俺が小学四年の時、学校の魔力測定で焔の才能があることが分かった。
父は大喜びし、莫大な借金をして、俺の手に焔の刻印を埋め込んだ。俺はその刻印を使いこなせた。才能という奴だ。
しかし父はその借金で首が回らなくなり、いつも何かに怯えていた。俺はそれをただ横で見ているだけだった。
俺が小学六年の時、父が首を吊った。俺はそれを見て思った。あぁ、所詮努力してもこんなものだ。まともにがんばっても生きていけない。よく家に来る金貸しのほうが上等なスーツを着ていた。今の父は体の穴から異臭を放つ液体を出す、ただの肉塊だった。
その頃には焔の刻印は完全に俺と馴染んでいて、俺の握り締めるものなら何でも燃やした。
俺は父の、肉塊の手を握り、力を加えた。肉塊の手は燃え始め、それが全身に及び、異臭を放ちながら部屋全体へと広がった。
俺はその日を境に闇の世界へと浸かっていった。幸いにも俺の焔の刻印は何処へ行っても重宝され、俺が職を失うことは無かった。

「エン、仕事が入ったよ。起きろ」
そんなことを言われても俺は起きる気は無かった。ただゆっくりと口を動かし、「あと1時間」と相棒に告げる。
「何が一時間だ、今回の仕事はちょいと急なんだよ、さっさと起きろ、もうすぐスイも来る」
そう言われては起きるしかなかった。スイは俺達の仕事上のパートナーだが、この道には珍しく美人なのだ。いや、この道だからこそなのか。
そんなことを考えながら俺は体を起こす。ソファーで寝ていたため、若干関節が痛む。
「うわ、スイが来るって言った途端これだ。絶対差別だ。差別反対」
俺はゆっくりとソファーを降りて洗面台へ向かう。
「スイが来るから張り切ってんのはお前も一緒だ。何今更片付けしてんだよ」
俺は顔を洗い、大急ぎで髭を剃って、歯を磨いた。口の中にミントの味が広がった。
「おい、デン。お前また歯磨き粉替えたのか、前の奴まだ半分は残っていただろ」
俺は歯を磨きながらそんな不満をぶつける。
「えーだって前の奴ラベルがつまんなかったんだから、僕はキャラの薄い奴には興味が無いんだよ」
デンは洗面台の鏡越しにそう答えて、また掃除に戻った。そう言われれば前の歯磨き粉のラベルを既に思い出せない。デンの言うことにも一理あるが、今回のラベルは何故か紫色で「POISON」と書かれてある。これはこれでキャラが濃過ぎないだろうか。
俺は歯磨きを終えてすぐに服を着替える。服装は定番の深い色のスーツに真っ白なシャツ、ネクタイはしない。ついでに髪も軽く整える。鏡で自分を確認し、不審な点が無いか調べる。そしてリビングへ戻る。
「こっちは準備いいぞ、デン」
「こっちも今終わったよ、エン」
見るとさっきまでゴキブリが居てもおかしくなかった部屋がまるで事務所のオフィスになっている。というかもともと事務所のオフィスだったわけだが。
さっきまで俺が寝ていたソファーに、デンが自慢げな笑顔を俺に向けて、座っている。
「よくやった、流石俺の相棒だ」
俺はデンの広いでこにでこピンをかましながら褒め称えた。
「いたっ、もう次でこピンしたらマジに怒るって前も言っただろ。それより僕の服装どうかな?」
そう言ってデンはその場に立ち上がりくるりと一回転してみせる。服装は薄緑のTシャツにオーバーオール。身長が低い為、足のところを折っている。前髪は短く揃えられ、でこを強調している。顔は中性的で童顔、一見して男なのか女なのか分からない服装だ。
「ん〜、ガキっぽい」
「やっぱり?」デンは顔に不安を見せた。
「でもスイなら好きそうな服装だし、いいんじゃねーか?」
「ほんと?じゃあこれでいいや」デンは安心して、また座りなおした。その動作も幼く見え、本当に博士号持ちなのか疑いたくなる。
「そんな俺は小学中退か…」
俺は独り言を呟き、ため息を吐いて天井を見上げる。電気カバーを死に場所に選んだ虫の影が見えた。

「ぴんぽーん」
チャイムの音が鳴り、俺達は立ち上がった。デンが真っ先に戸口に向かい、俺はそれを後ろから眺めて、結局座りなおした。
「やっほー、スイ、ひさしぶりー」
デンは扉を開けながらそういった。その声は明らかに嬉しそうだ。スイが来たからか久々の仕事だからかどっちだろう。
「久しぶりだねーデン、いい子にしてた?エンに変なことされなかった?」
「まて、まるで俺が普段悪いことしているみたいじゃねーか」
第一声でそういうことをいうところ、やはり客はスイだったようだ。デンが嬉しそうにスイの腕を引いてくる。
「どーぞどーぞお客様、今飲み物をお持ちします。紅茶ですか?コーヒーですか?」
「コーヒーでお願いするわ。」
スイはそう言ってソファーに腰掛けた。彼女の今日の服装はダークグレーのスーツだった。手には銀色のジュラルミンケース、口紅は控えめな赤、金色の長い髪は顔の左半分を覆っていて、見えるのは右半分にある蒼い目だけだ。後ろ髪も今はおろしている、つまり仕事着だ。
「久しぶりね、エン。2週間ぶりかしら?」
スイは鞄から書類を出しながら、そう俺に話しかける。もちろんそんなこと二人ともどうでもいいと思っている話題だ。
「早速だけど、仕事の話してもいい?」
「いいよー、今コーヒー出来たから。」
スイは盆に載せたコーヒーを三つ、テーブルの上に置いて、俺の横に座った。
「じゃあ話すわね。今回の任務は物資の奪還、もしくはそれの破壊。情報元と雇い主は明かせないけど、あるものを奪還してこればいいってこと、最悪破壊でもいいってことだから簡単よね。」
スイはそう説明し、建物の見取り図や警備員のタイムテーブルなどの書類を並べた。
「で、今回は私も行くことになったから。いえ別に足を引っ張ろうっていうんじゃなくて、今回は私でないといけないとことかもあるから、心配しなくても私の報酬は引かせてもらうわ。」
その言葉に俺もデンも若干驚いた。スイは基本的に任務に同行しない。何故ならスイが死ぬと誰も雇い主と連絡が取れないからだ。つまりスイが来るということはよっぽど安全な任務だということだ。
「そんな簡単な任務なのか?なら別に俺達が行かなくてもいいんじゃないか?」
俺は単純にそう聞いてみた。おそらくデンもそうおもっているだろう。
「いえ、そうじゃなくて、今回他に手の開いているとこがないだけ。あなた達最近成績よくないから結構ランク下がっているのよ?今回ので挽回してね」
スイはそう言って微笑んで見せた。髪に隠れた半分で睨んでそうな笑みだった。

「今現場に到着、デン聞こえているか?」
俺は茂みに隠れながら耳にはめた通信機に向かって話す。
「ばっちり、感度良好、ノイズもなし、スイは聞こえている?」
「こちらも聞こえているわ、今中に入ったところ、後数分でセキュリティ切るから、そのときに入ってね」
「了解、デンは外で通信と付近の状況よろしく」
「了解」
これが俺達のいつものパターンだ。俺が潜入、デンが通信、スイは普段は下調べだが、今回は同行、まあ問題はないだろう。
「ていうかここ周りの状況よく分からない、結構深い森だね、ジャングルって感じ。こんなところに建物作るなんて変態だね」
「そうね、まるでエンの根性みたいにひねくれているわね」
「まて、まるで俺がへそ曲がりみたいじゃないか」
「曲がってないの?」
「曲がってねえよ」
こんな軽いジョークを交わせるほど楽な任務だ。俺達のランクはよっぽど下がっているらしい。
「OK、システムカット、入っていいわよ」
「了解」
俺はその一言で茂みから飛び出す。門の前に二人警備が居たが、一人は気づく前に後ろから首を掴んだ。その襟元から燃え上がり、既に火だるまだ。もう一人が気づくがその時には既に俺は相手の銃を鷲掴みにしていた。銃は真っ赤になり常人が持てるものではなく、相手は手を離した。俺はその話した手を掴む、後は勝手に燃えるだけだ。
俺は二つの火だるまを残し門の中に入る。
「よし、入った。ターゲットは何処だ」
「地下らしいわ、とりあえず踊り場の隅で待っていて、私も合流する」
俺は言われたとおり踊り場の陰に隠れる。目の前に監視カメラがあったが、その電源は切れている。
しばらく待つと奥の通路から警備が一人来た。俺は少し身を引き身構える。
「今踊り場に到着したわ。大丈夫よ、他の警備は居ないわ」
俺はそれを聞いて影から身を乗り出す。さっき居た警備はそのままその位置に居たが、その中身がスイだというのは明らかだった。
「どう、今回の私の姿は?」
「なかなか様になっているよ」
「あぁ!僕も見たい!」
スイの能力、体の水分、空気中の水分、そのほかありとあらゆる水を操る水の刻印、今回のような潜入捜査の場合は自分の水分を操作し体の形を変える変身、偽装能力。
「さ、行くわよ、とりあえず下に行けばいいのよ。それより弾のほうは大丈夫?ちゃんと残っている?」
「あぁ、外では使っていない。しっかり残っている」
俺の能力、掴んだものを燃やす、焔の刻印、普段はベアリングの弾を燃やし、投げる。敵が近くに居る場合は別だが。
俺とスイは真っ直ぐ階段を下りる。残念ながらエレベータは付いていない、このまま三つほど降りたところで階段は終わる。
「ここからは別の場所から降りるわよ、付いてきて」
そう言って廊下に出た、そのとき通信機から一瞬強烈なノイズが聞こえた。
「何、今の?」
「デン、聞こえるかデン」
俺達は一瞬立ち止まった。デンの通信機からノイズが出ることは殆どない。しかしここで立ち止まったのが失敗だった。その為、角から曲がってきた警備に気づけなかった。
「し、侵入者だ!」
その一言で俺達は動き出した。とりあえず影に隠れ相手の数を見る。二人。しかしもう遅い、一人は通信機で助けを呼んでいた。
「ちっ!」
「さっさと片付けるわよ」
そう言ってスイは腰にかけていたペットボトルをだす。中には水しか入っていない。しかし二人を片付けるくらいならそれ一つで十分だろう。
スイがペットボトルを開ける。と同時に中の水が噴き出す。そして真っ直ぐに、細く伸び相手のほうに一気に伸びる。そして相手を一刀両断する。その原理はウォーターカッターと同じだと前に聞いたことがある。
しかし遅かった。相手は既に通信を済ましていた。一気に警報機が鳴り響く。
「くそ!やられた!」
「走るわよ!」
そう言って俺達は走り出す。警報機がけたたましく鳴り響く中、通信機からまた一瞬ノイズが聞こえた。それに続いてデンから通信が入る。
「ごめん!ちょっとこっちもばれた!とりあえず当分通信できない!そっちで上手くやって!」
その一言でまたノイズがかかる。それきり通信は無かった。
「ちょっと!今のどういうこと!」
走りながらスイが聞いてくる。明らかに動揺している。
「大丈夫だ。デンなら大丈夫だ。だからこっちはこっちで任務を終わらせる。その後でデンのことだ」
「でも…」
「任務優先だ!」
俺の一言でスイも大人しくなった。決して心配していないわけではない。ただやはり任務を優先するべきなのだ。デンもそう思って通信を切ったのだ。そして俺もそう思って任務を優先する。
「くそっ、何が簡単な任務よ」
スイはそう一言口にし、話さなくなった。俺も無言で走る。途中で警備が出てきたが無視して走った。もはや一刻でも早く任務を終えることが重要だ。
「こっちよ」
スイがそう一言口にし、一つの部屋に入った。そこは物置のような部屋だった。
「確かこの辺りに隠し扉があるはずよ」
そう言ってスイが壁を探り始める。しかしなかなか隠し扉が見つからない。
「ちょっとどいていろ」
俺はじれったくなりそう言ってスイを下がらせる。そして壁に手を当てて一気に刻印に力を注ぐ。途端に俺の手を中心に壁が赤くなり、溶け始める。三十秒ほどで壁が完全にとけ、エレベータが現れた。
「いくぞ」
今度は俺がそう言ってエレベータに乗り込む。スイもそれに乗り一番下のフロアを押す。ゆっくりとエレベータが下降する。
「ありえないわ、私達はともかく、デンちゃんが見つかるなんて」
よっぽどデンのことが気になるのか、スイがそう呟いた。たしかに俺達はともかく、いくら周りが森に囲まれていたところで、デンのことだ、見つかるはずが無い。偶然見つかっても、多少の人数ならデンも逃げ切れるはずだ、それが通信を切るほどの人数となると。
「確かに怪しいな、この任務誰かが一枚噛んでいるんじゃないか」
「誰かって…誰よ」
「おそらく、同業者だな」
その一言にスイも納得したように頷く。確かに物資の奪還にしては明らかに警備がおかしい、警備自体はたいしたことないが配置と数がめちゃくちゃだ。まるで中に入った後に数が増えたような…。
そんなことを考えているとエレベータが一番下のフロアに付いた。そして扉が開く。もちろん俺達は脇のほうに隠れている。
「何をしている。さっさと出て来いよ」
そう声がした。つまり俺達がここにいることを分かっている。そしてその声に聞き覚えがあった。
「久しぶりだろ。俺だよ俺、フウ様だよ。忘れたとかぬかすんじゃねえぞ。最近てめえ等が俺様の仕事をかっぱらってっからこっちは商売あがったりなんだよ。さっさと出て来いよ。それから話しつけようぜ」
俺とスイは目を見合わせて、そしてゆっくりとエレベータから出る。後ろでゆっくりとエレベータが閉まる。
そこはそれなりに広いフロアになっていた。そしてその周りに機関銃を持った警備がずらりと並び、そしてその一番奥にフウが立っていた。
フウ、同業者、敵対、ライバル視、風の刻印、そして、顔の左半分に火傷の痕。
「やぁ、やぁやぁやぁ、エンとスイじゃないか、久しぶりだな、会いたくは無かったけどな」
「あんたが噛んでいたのね。どおりで簡単な任務なのに支払いがいいはずだわ」
「その通り、物資なんかねえよ。ここだって最近まで使われていなかった。そしててめえ等はまんまと騙されてここまで来た。そして、別に途中で引き返してもよかったんだぜ」
そう言ってフウは大げさに笑い、そして隣に居る奴を蹴った。
「ま、こいつを置いていくならだが」
フウに蹴られたやつは、その場に倒れている。手と足を結ばれて。口にも何か噛まされていて、そしてところどころに抵抗した痕と痛めつけられた痕がある。
外で通信を切った、デンだった。
「てめぇ…」
「おぉっと、抵抗するんじゃねえぞ。その瞬間俺の刻印がつむじ風でも起こしちまうかも知れねえ、つまりこいつは一瞬でばらばらだ。ははっ、楽しいなぁ!」
そう言ってまたデンを蹴る。俺達はどうすることも出来ずただ立っていた。
「じゃ、とりあえず武器を捨ててもらおうか。このガキは武器を持っていなかったが、てめえ等は持っていんだろ、さっさと捨てろ」
そう言われて俺はデンのほうを見る。デンも俺のほうを見ていた。
「…わかった、捨てる」
俺は言われたとおり、ベアリングを全てその場に捨てる。スイもしぶしぶそれに従う。
「さっさとデンを放せ、そのまま嬲り殺すのはお前の趣味じゃねえだろ」
「まぁ、好きか嫌いかで言えば確かに嫌いだが、お前の仲間ならどう殺そうが最高に気分がいいぜ」
そう言ってフウがデンに手を向ける。そしてその手が風を作る。その風が一気にデンに届き、かまいたちの要領でデンの背中に真っ直ぐに切り傷をつける。
「おっと、一気に殺すのは楽しくないよなぁ、大丈夫か?まだ生きているか?」
デンは必死に、涙目でフウを睨み付ける。
「おっと怖い、そうだそうだ、せめてその口を開けるようにしてやろう。そうじゃなきゃ断末魔が聞こえないってもんだよな」
そう言ってフウがしゃがみこみ、デンの口に咥えさせていたものを外す。しかしそれが最後だった。
「言っておくが、デンはただの通信兵じゃねえぞ、ちゃんとした刻印持ちだ」
フウがはぁ?と答えた時には既に遅い、デンはそこにはいなかった。フウが驚いて振り向いた時、そこにデンはいた。ただその位置はちょうど俺とスイのとなりだった。
「そのまま止めをさしておけばよかったのに、だからお前のところには仕事が回らないんだよ!」
そう言ったのはデンだった。相変わらず手と足を結ばれて、身動きがとれず、自由なのはその口だけだったが、それで十分だった。
「僕は伝の刻印、主な能力はテレパシーとテレポート、目印になるものがあるところなら何処へだって何だって送れる。ちなみに今はスイが耳につけていた通信機を目印にして跳んだんだよ。わかったかこの野郎!」
そう言ってデンはべーっと舌を突き出す。その舌の上に伝の刻印は刻まれていた。
「キサマァ…」
「あとここで問題です。何で僕がお前等なんかに捕まったでしょう。まさか自分達が戦略で捕まえたとか思っていないよね。ただ単にこのほうが都合がいいからだよ」
デンはそう続ける。しかしフウは完全に頭に血が上ってそんな話まったく聞いていない。
「はぁ、エン、だからあの時ちゃんと焼いとけばよかったんだよ」
「すまねえ、俺の完全なミスだ」
「てめえ等!調子に乗るんじゃねえぞ!今更そいつの能力があったところで俺の有利は変わりないんだ!」
ブチ切れのフウは自分が会話の置いてけぼりを食らっていることに不満なのか、そんなわけの分からないことを言い出した。
「有利って、もしかしてこの警備たちのことを言っているのかしら」
そう言ってスイは周りを見渡す。そう、周りには何十という機関銃が俺達を狙っていた。そう、狙っていた。
「そうだ!お前等!こいつらを撃ち殺せ!早くしろ!何をやっている!」
いくらフウが叫んでも誰も答えない、誰も動かない。
「まだ分かっていないの?私の刻印知っている?水よ。たとえばここのように地下で、換気設備もろくに無くて、それでいて何十人もいる部屋の湿度って考えたことある?たとえばその空気中の水を使って私が全員を既に操り人形にしているとかは?流石にこの人数にこの距離じゃ全員を殺すなんて難しいけれど、全員を動けないように縛っておくくらい、動作もないことよ」
そこまで説明を聞いて、フウはやっと自分が殺られる側で、それも圧倒的に勝つ見込みがないことに気づいた。もう立つことも出来ないのか、足を震わせてその場に座り込んだ。
「じゃあデン、三十秒後に迎えに来てくれ。一瞬でいいからな」
「了解、それじゃあ先行っているね」
そう言ってデンはスイに寄り添う。正しくは体の一部をスイに当てる。そして見つかる前に仕込んでおいたであろう目印のところへ、跳んだ。
「さて、邪魔者もいなくなったし、俺はお前と決着をつけなきゃいけねえな」
その場に座り込んでいたフウは、決着という言葉を聞いて再び立ち上がる。
「そ、そうだ…決着。てめえを倒せばそれでいいんだ」
そう言ってフウは手を持ち上げ、俺のほうへ向ける。
「前の時は俺がベアリングを山ほど投げて、かわしきれなかったお前の顔面に当たったんだったな。じゃあ今回ベアリングを持っていない俺は不利なわけか?」
「そうだ、俺が有利、有利なんだ!」
そう言ってフウが一気に刻印の力を引き出す。
その瞬間まで、デンが外に出てフウが風を起こすまでで二十九秒、後一秒、後一秒ではベアリングを拾ってそれをフウに投げるなんて無理だ。しかしここから走ってフウに直接触るなんてことは、更に無理だ。だが、後一秒、後一秒あれば。
「空気を掴むなんて、動作もないことだ」
そう言って俺は手を、手を握る。いや、空気を握る。空気を掴む。そして一気に空気は燃え出す。さっきスイが部屋中の水分を他のやつを止めるのに使っていたから、この部屋は完全に乾燥している。つまり、燃えるのに最適だ。つまりこの一秒、一秒で、部屋全体は炎に包まれる。
そしてその瞬間俺は既に外に出ていた。部屋の中にはもちろん炎は残っている。そしてフウが起こした風により、それは煽られ、更に大きな炎となり、全てを丸焦げにする。燃やせるものが亡くなるまで。

「で、今回のギャラは?」
外に出た俺は開口一発目でそれを口にした。デンの手当てをしているスイは明らかに動揺した。
「え、あ、そ、それは、だって、私達全員騙されていたわけだし、それに」
「ミスの責任は?」
「ミスした奴の責任〜」
スイの言い訳に俺とデンは口を揃えてギャラを要求した。
「あぁ、もう!分かったわよ、今回のミスは全て私の責任です。だから今回の報酬の二割は私が出させていただきます!それ以上はびた一文出しません!」
スイは開き直って、逆に値切りだした。
「あれ、そういえばデン、お前結構怪我しているよな、背中の傷なんか結構痛いんじゃないか?」
「ぐ、さ、三割出します…」
「そういえば俺ベアリング全部置いてきたなぁ、あれって結構高いんだよなぁ」
「よ、四割出させていただきます…」
「そういえばさ、エン達が入っていった後、すぐに警備が僕のこと見つけていたし、どうやらどっかでエン達が入るの狙われていたんじゃないかな、セキュリティが二重になっていたんだとおもうなぁ、セキュリティって誰が切ったっけ?」
「あぁ!もうわかったわよ!五割よ!半分、それにデンの治療費でいいでしょ!もう、だからあんた達に仕事回したくないのよ」
そう言ってスイはふんっと頬を膨らまし、ふてくされた。
「じゃあ、これで任務終了ってことで、何か腹減った、どっかでメシ食って帰ろうぜ、って血まみれが一名じゃ無理か」
「じゃあ家帰ってなんか食べよ。料理はもちろんスイで、じゃあ行こう」
「はぁ、もう絶対任務に同行しないからね」
そんな感じで、この日の任務終了。報酬半減、死者不明、重傷者一名、以上、報告終了。